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2002/11/1 竹中平ちゃんがんばれ
秋を飛び越え、冬が来た感じで、あたふたとストーブに火を入れた今日この頃です。皆さま、お変わりございませんか。私事ですが、竹中平ちゃんと猪瀬氏のシンパでありますゆえ、厳冬の不況下、どんな苦難にも耐える所存でございますが、最近富に、政治屋と銀行屋の悪あがきで、彼らの意のままにならぬことには歯がゆいばかりでございます。自分の借金は自分で片をつけなきゃいけません。
さて最近、朝日新聞の土曜版の「Be」は楽しく読ませます。いつも朝日の悪口を言っていましたが、今回は感謝。なかなかいい企画です。時の人や親しみのあるレシピや、ビジネスとパソコンの話題が”現在進行形”であるのが気に入って、切り抜いて取っておこうかと思う出来栄えです。(朝日様、宣伝料をください!))そこで紹介されるユニークな人物の成功談に、共通するキーワードは「夢」。元気の源は夢をもつことのようです。夢を持てば、おのずと積極的になりますね。でも、夢はどこにあるのか?これは自分の中に生成する問題、そう簡単にいかないか。
私自身は、五十肩とやら、腕が上がらず、車の運転が億劫で、四六時中、部屋で過ごしがち、この鬱な気分を「夢」で直したい!
2002/10/10 延岡のデザインとは
延岡の皆さま、御無沙汰しております。
先日、都市景観賞の選定にお手伝いをしていましたら、板田橋の祇園町よりの橋のたもとにあるUMKビルがノミネートされていました。
築20年程の一面、白いタイル張りの瀟洒なアパートで、それほど古さを感じさせない、シンプルな見栄えのいい建物です。
7階建の白いビルは遠方、南対岸の中央通りから望め、新築時はさぞかし、他を圧した威容であったと思われます。しかし、当時の記憶は哀しい景観でした。それは、各室のベランダのフェンス越しに干されたたくさんの布団が白亜のビルをあざ笑うがごとく、無節操な色彩でそれを彩っていました。対岸からは目を覆いたくなる風景でも、アパートの住人の大半が、自分の住まいに布団を干して何故悪いと開き直っていたみたいです。
さて、20年を経た今日、南側のベランダには布団一つ見当たりません。環境に関する美的な配慮もようやく板について、人間も成長するもんだなと感心していましたら、…なんのこったぁない、アパートの住人がほとんどいないだけのことでした。 1Fの店舗もがらんとした静けさで、昼間と言え、明かりのつかない部屋の暗さは実に不気味で索漠としたものです。延岡の不景気を象徴するような、この無人の「美観」をどのように評価すべきでしょうか
何となく、ベランダに鈴なりのミスマッチな布団干しの風景が懐かしく、元気であった街が思い出され、感無量でありました。
おそらくこのような状況は、延岡だけでなく、地方都市のほとんど(旧市街地)が”大きな流れに”何すべもなく、身をゆだねているようで、暗たんたる思いがいたします。 本当に復興のその手だてはないのでしょうか。大きな流れを解明したり、解明できずともその対策にいろいろの選択肢を準備したり、目標を定める努力がまだまだ足りないような気がします。世界規模の構造や流通や価値観の変容ですから、個々の力では限界があります。自治体はそれぞれのグランドデザイン(政経をひっくるめた統一した未来像)を作り、その目標に向かってのプログラムを作成する必要があると思います。”そんなことは国がやってくれるよ”と忠告されそうですが…。もしかすると、その依存心や信頼が現状を招いたことかもしれません。グランドデザインの創造や出発点は郷土です。文化や地理や自然や経済基盤はそれぞれ固有のものです。そのオリジナリティにスタンスをおいての発想は国でやってくれません。
「水と緑と歴史の生活都市」なんて言う標語は日本中いたるところで見られるお題目です。”延岡の水と緑と歴史がこれからの産業にどんな結びつきをもって、私たちの生活を豊かにするのか”のそのプログラムをいまだ、一度だって聞いたことはありません。今できなくとも、次の世代に夢を与えることができればと切に願つております。
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